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テサロニケ氏への私信

 僕のブログ使用歴はそれほど長いと言えるものではないが、自分が参照、引用したブログにはTBするよう常々心がけてきた(システムの仕様上、pingがうまく送れない場合もあったが)。
 これは、引用元に敬意を表するとともに、引用された事実を知らせ、僕のブログに対して、批評、反論、訂正を求める機会を提供するためだ。これは引用した者の当然の責務であり、また礼儀だと僕は信じる。

 先日、僕がアップした「世に倦む日々」(テサロニケ氏)に対するエントリも、このルールに従ってTBさせていただいた。しかし、まことに残念なことに、僕のTBは氏によって、削除されてしまった(このエントリも当然、Tbしたが、先日のエントリ以来、何度やってもトラックバックを送れないでいる)

 先日のエントリは、共産主義の理論からの批判(ないし指摘)を極力差し控え、批判や議論をする際のルールという問題に絞って書いたつもりだ。僕が先日のエントリに「建設的議論のために」というタイトルをつけたのは、そうした思いからだった。

 テサロニケ氏は「胸いっぱいのトラックバックを」で、自らのTB処理のルールを次のように語っている。
TB記事には掲載において内容の取捨選択をする。正義と真実をよく伝え訴える記事のみをトラックバック欄に揃える。新聞社の「読者の声」と同じだ。それは新聞社の主張の一部なのである。届いたものをそのまま並べはしない。エキサイト社の仕様では最大20件しかTB記事を表示できない。よいTB記事をなるべく長くブログ読者の目に触れさせようとするのは、TBを受けた(言わば編集者の)側の当然の配慮である。新聞の編集者が無価値な投稿をボツにするのと同じ。
もちろん、僕のTBをどのように判断し「取捨選択」するのかは氏の自由だが、僕のTBは「正義と真実をよく伝え訴える記事」でなく、「無価値な投稿」であったと言うのだろうか。

 「真実」とはある日、突然、ふってくるようなものでなく、幾多の試練を乗り越え、探求を重ねたはてにようやく一歩近づく相対的なものであると僕は考えるが、氏にとっての「真実」とは何だろうか。完璧な人間なんて存在せず、どんな人間だって誤る時はあるのだ。だからこそ、誤りを指摘することに意味があるのだし、誤りを指摘されたときにいったんは受け止める(「受け入れる」ではないよ。念のため)謙虚さが、古来より美徳として説かれてきたのだろう。
 繰り返しになるが、僕は共産主義の原理からテサロニケ氏のエントリを問題にしたのではなくて、その姿勢を批判しただけだ。共産党に対する批判の停止を求めたわけでもなく、検証可能な事実を積み上げて批判するよう求めただけにすぎない。これは、ネットの世界で議論する際の当たり前のルールだと思ってたのだが、氏にとってはそうでないのだろうか。
 思い起こしてほしい。「ソースを出せ」が僕らの、この世界のルールだったはずだろ。

 このような僕の主張が、テサロニケ氏にとってどのように見えたのかはわからないが、「無価値」だと思われたなら、はなはだ心外である。

 僕は、「STOP the KOIZUMI」ブロガー同盟の賛同にあたり、「彼の日本共産党に対する批判には不同意だし、むしろ、『STOP the KOIZUMI』の大義を汚すことになりかねないかと憂慮はする」と表明した。それでも賛同したのは、反小泉の左右共闘という旗印に意義を見出したからだ。先日来の氏のエントリによって、僕の憂慮は現実のものとなりつつあるように思う。これは同盟の将来にとっても、憂うべき事態である。

 誤解のないように述べておくが、単に僕がサヨクで、彼のエントリに反感を持ったからだ、とかそういう次元で問題にしているのではない。これは純粋に民主主義の問題なのだ。

 ましてや、テサロニケ氏は「日本のブログジャーナリズムのクォリティをリードして、その地平と水準を世間に証明するのが『世に倦む日日』の任務だ」(世に倦む日日)と自己規定されているお方である。
 ジャーナリズムの世界の片隅に身を置く人間として、あえて一言言わせてもらおう。僕が、これまでに何度も何度も、耳にタコができるくらい聞かされた言葉だ。
 

「裏はとったのかよ」



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※今回の議論について知人からメールをいただきました。
漏れも含めて共産党支持者も参考にする意見だと思います。
本人から許可を得たので、転載しときます。



 
まあマルクスやレーニンも、最初は社会民主党とか社会民主義労働党、と
か言ってたから、共産党がマルクス主義や科学的社会主義の唯一の正統的な看板であるとは、必ずしも言えないとは思う。
 それはいろんな歴史的な経緯の中でたまたま「共産党」という名前が、歴史的正統性を帯びて残ってしまったということでもあるし、さしあたりその歴史的正統性を担保するときに、日本の場合は「社会民主党」とか「社会民主主義労働党」というよりは「共産党」といった方が、よいということなんだろうと思うけどね。

 他の国の政党が「共産党」という名前を変えたのは、やはりそこにダーティなイメージが固着している(ソビエト追従)からで、われわれとしては、そういう余計なマイナスイメージについては、「勘弁してくださいよ、もう~」とか言いつつスルーしていくしかないのかなあと。
 たぶんこの手の話は、深刻に議論し出すと往々にして取りかえしのつかない亀裂を生み出すことになるので、この論点自体は、自分たちの主張については誠実に、かつ物腰柔らかに主張しつつ、「しかしまあ、そういうことは一致しなくても、当面反小泉・護憲で一致してやっていきましょう。へらへら」という態度で行くのが、政治的には正しいと思うのだけど。

 どちらかというと、世に倦む日々氏の動向が、全体として「連帯を壊す」的な傾向を持っていると言うことがあちらこちらで指摘されていることの方が心配かな。統一と連帯を呼びかけた当人が、それを維持されるため必要な政治的な振る舞いのスキルを持たない人だったりしたら、目も当てられないからね。その点で、彼が一定の柔軟性を発揮しうる人であれば、彼と自由に議論をすればいいし、そうでなければ、残念だけどその「統一」を再構築すべきイニシアチブを誰かがとらなければならない。
 おそらくネット上の人格の場合、彼のような立ち居振る舞いの方が、良くも悪くも人を惹きつけるということはあると思う。問題は、「をいをい、その惹きつけ方ってまさに小泉その人のやり方と同じだよ」、ということだと思うし、逆に言えばそういう人に多くの人が「惹かれてしまう」というところに、現状のネット内部での「(自立した個人による)連帯」の難しさ・危うさがあるのかなと思ったりはする。

 最後に。つい最近Jリーグ初タイトルを獲得したジェフ千葉のオシム監督の語録

■2003年4月25日 練習後、記者に囲まれて
レーニンは、『勉強して、勉強して、勉強しろ』と言った。
私は、選手に『走って、走って、走れ』と言っている。
http://www.so-net.ne.jp/JEFUNITED/2003/goroku_01-06.html
漏れは、教えてちゃんに『ググッて、ググッて、ググれ』と激しく問いつめている。

引用おわり
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by peoples-flag | 2005-11-08 03:53 | ■Stop the KOIZUMI
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